「また風は吹くのかな」
世界に風が吹かなくなってから、もうずいぶんと長い歳月が経つ。
「そういえば最近風が吹いてないな」
人々がそう気づいた時、すでに風は消えていた。
それ以来、世界にはそよ風ひとつ吹いていない。
「ねえ、サンヌがこどもの時は風があったんでしょ?」
「そうよ」
「風はどこにあったの?」
「どこにでも吹いていたわ。窓を開ければ自然と風が入ってくる。
そのくらい風は身近なものだったの」
「風は目に見えないでしょ?」
「そう。見えない」
「どうしてわかるの? 風って」
「体が感じるの。風が吹くとね」
「どうして風は吹かなくなったの?」
「人間が自然を壊しすぎたから、と言う人がいる。
大きな地震で星の軸が動いたから、と言う人もいる。
神の怒りを買ったから、と信じる人もいるわ。
でも、ほんとうの原因は誰にもわからないの」
「風はなにかの役に立つの?」
「昔は畑の灌漑に使っていたわ。風のちからで風車を回して水路の水を汲み上げて。
でもね、どちらかといえば、風は役に立つというより、
人を気持ちよくさせたり、心を穏やかにしたりするものなの」
「サンヌは風が好きだった?」
「大好きだった。今でもよく思い出すの。
畑一面に咲いたリネンの花が、風に揺れて、ほんとうにきれいだった」
「また風は吹くのかな」
「あなたはどう思う? また風は吹くと思う?」
「わたしにはわからない。でも、いつか風を感じてみたいな」
世界に風が吹かなくなってから、もうずいぶんと長い歳月が経つ。
それ以来、世界にはそよ風ひとつ吹いていない。
出演者情報:ミズモトカナコ https://www.victormusicarts.jp/