一倉宏 2022年1月2日「はじめの初恋」

はじめの初恋

   ストーリー 一倉宏
      出演 地曳豪

僕の名前は「はじめ」
漢字で書いて 横棒の「一」

おそらく というか 間違いなく
世界でいちばん シンプルな
画数の少ない文字で書く 
僕の名前

中学生の時に入賞した
読書感想文コンクールの副賞は
なぜか フルネームでなく
名前だけを刻印した万年筆で
僕の受け取ったそれは
ただ横棒がひとつ 傷のように
刻まれた代物だった

小学の低学年の時は 先生が 
なにかの合図で「はじめ!」と 
かけ声をとばすたびに
ふりむいて 笑うやつらがいて
いやだった けど

天才バカボンの
バカボンのパパの下の息子
つまりバカボンの弟の
はじめちゃんこそは
申し分ない同名の有名人 なのだ

なんでもいちばんにと
素敵なママの祈りをこめた
はじめ という名前
はじめちゃんの存在によって
救われたはじめは 多いと思う

そして
石川啄木の本名が いしかわはじめ 
しかも僕と同じ 横棒の「一」
彼もまた 天才くんだったみたいで 
みんな知ってる有名人に違いないけど

いしかわはじめ としての実生活は
ずいぶんだらしがなくて
借金ばかりして 無駄づかいして
プライド高くて 転々として
家族に苦労かけて 早死にした
ということが 石川啄木についての 
いろんな本に書いてあるのを 読んで 
知ったのは 中学二年の時

僕は 図書委員をしていた
同じクラスの もうひとりの
図書委員は女子で
司書の先生のお手伝いを
放課後にふたりで
することもあったりして
案の定 筋書き通り 僕は彼女を
意識するようになっていって

彼女の名前は「れい」
華麗の「麗」という 
画数の多い字で

その名前 そのものが
僕には きらきらと輝いてみえて
まぶしいほどだった

彼女も言ってくれたことがある
この僕の名前を いいねと
……書きやすくて

ベッドに潜り 眠りに落ちる前に
彼女のことを 考えたものだった
なにより 画数のこんなにも違う
ふたりの名前を 並べて思い浮かべては
その あまりに鮮やかな対比に
なんか 必然が隠されているようで
なんか 謎を解く鍵がありそうで

ある夜 ふと僕は気づいた
「はじめ」と「れい」と
それは 「いち」と「れい」
すなわち「いち」と「ぜろ」ではないのか

ついに その謎は解けた気がした 
世界の謎は 二進法で解けるだろう
まるで コンピュータのように完璧に!

この大いなる発見に興奮して
眠れない夜を過ごした つぎの朝は 
案の定 筋書き通りに
寝坊して 朝飯抜きで登校しても
遅刻したのだった

この大発見は 結局
だれにも言うことなく
告白することもなく  

その後 彼女は
親の海外赴任にともない 日本を離れ
消息を絶ったまま

この世界はあいかわらず いまも 
謎のままだ



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

 

 


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