「表彰」
ストーリー 田中真輝
出演 遠藤守哉
とある夏の日。
俺があまりの暑さに朝から何もせず
クーラーの効いた狭いワンルームでグダグダしていると、
玄関のチャイムが鳴った。
面倒くさいなど思いながらドアを開けると、
そこには、この暑さにも関わらず
かっちりとしたスーツに身を包んだ初老の男が立っていた。
「こんにちは、今田義彦さんですね?
わたくし、日本政府の方から、あなたを表彰するために伺った者です」
日本政府?の方?表彰?新手の押し売りだと思った俺は、
間に合ってますなどと言いながらドアを閉めようとする。
「ちょちょちょ、ちょっとまってください。
わたしは正式な政府の人間です。
賞状だけじゃないんです、ちゃんとした副賞もございますので!」
副賞、と聞いて少しひるんだ隙をついて、
その男は強引にドアの隙間に足を突っ込むと、
恐るべき柔らかさで身をくねらせながら玄関に侵入してきた。
「皆さん、最初は警戒されるんです。
でもなんてったって、日本政府からの表彰ですから。
副賞付きの。そんな名誉をご辞退されるなんて、ねえ?」
そういいながら、
男は手にしていた筒からおもむろに丸まった紙を引き出すと、
その場で読み上げ始める。
「表彰状、今田義彦殿。
あなたは日々、朝起きてから夜寝るまで、
余計な情熱を燃やすこともなく、与えられた仕事を淡々とこなし、
褒められもせず、けなされもせず、
でくのぼうと呼ばれることも特になく、
ひたすらにごくごくあたりさわりないのない生活を続けられていることを、
日本政府として、ここに賞します。はい、賞状と副賞をどうぞ」
賞状と、「現状維持」と書かれたキーホルダーを渡される。
このキーホルダーが副賞なのだろう。
あっけにとられている俺に、政府から来たという男は、
こぼれんばかりの笑顔で話し続ける。
「なぜわたしが、と皆さんおっしゃいます。
しかし意外とあなたのような方はいらっしゃらないんですよ。
ええ。SDGsという言葉をご存じですか?
持続可能な成長目標、というやつです、
ええ。昨今の資本主義社会は、経済成長を重視し過ぎた挙句、
環境と人類の存続を脅かすまでになってしまいました。
日本政府はこの問題を解決するために、
まったく成長もしない、かといって負担にもならない、
そういう毒にも薬にもならない稀有な存在を、
ゼロ・エミッション生活者と名付け、表彰するという政策を打ち出したのです。
はい、そうです、あなたはその厳しい条件に適合した、
貴重なゼロ・エミッション人材なのです!おめでとうございます」
そういうが早いか、自称政府の男は私の手をとって猛烈に上下に振り始めた。
「今田様には、これからもぜひ、何の野心も好奇心ももたず、
粛々と人生を生きていっていただきたい!
いやもちろん、言うほど簡単なことではないでしょう。
周りの人から、そんな無気力なことでどうするといわれることも
あるでしょう。
しかし、そんな甘言に心を動かされてはなりません!
あなたはありのままのあなたでいい!
そこに存在するだけでよいのです。
もともと特別なオンリーワンなのですから!」
涙ぐむ男を見て、俺も少し胸が熱くなる。そうか、俺はこのままでいいのだ、と。
満面の笑みで去っていく政府の男を見送って、後ろ手にドアを閉める。
クーラーが効いた、ひんやりとした部屋に戻ると、手にしたキーホルダーを
眺め、現状維持、とつぶやいてみる。
目の前にまっすぐな道が見える気がした。まっすぐ、どこまでも続く一本道。
ふと見上げた窓の外から、ヒグラシの鳴き声が聞こえる。
今日も、何もしなかった一日が暮れていく。
出演者情報:遠藤守哉