12月の吉祥寺にて。
「八つ橋作りすぎたので、家にきませんか?」
吉祥寺のパルコを抜けて焼き鳥屋いせやに向かう途中の路上で
初老の男に誘われた。
知らない人についていったらダメだ。
北海道の母からそう言われていたが、面白そうなのでついていった。
彼の家は井の頭公園から近いマンションの5階にあった。
自分の出来心を恨んだ。
四方の壁に見たことない宗教の張り紙がある。
何か理由をつけて帰ろうかな。
でも、でも八つ橋も気になる。
実はぼく、八つ橋を食べたことなかったんです。
京都のお菓子だとは聞いていましたが、
それがどんな形で食感で味なのかもよく知りませんでした。
「どうぞ八つ橋です」
初老の男に出された八つ橋を見る。
これが本当に八つ橋なのかもわからない。
さっさと食べれば帰れると思いました。
手に取ってみる。
柔らかい皮に何かが包まれていました。
さっき作りすぎたって言っていたから、この人が作ったんだよな。
もしかして変な薬とか入っているかもしれない。疑心暗鬼でした。
ここで「やっぱりお腹いっぱいだからいらないです」とも言える。
でももう手には八つ橋がある。
そんなこと言ったら相手も気分を害すかもしれない。
そして僕は八つ橋を食べたことない。
初めての八つ橋がこんな怪しいおじさんオリジナルのものでは
いけない気もしてきた。
食べない理由が無限に浮かぶ。
いつだってそうだ。やらない理由はいくらだって浮かぶ。
人間誰だって与えられた時間は平等だ。
才能や生まれた環境や運や縁、その他もろもろあるけれど、
結局やるかやらないか、違いはその差だ。
劇場版『テレクラキャノンボール2013』で
ビーバップみのるも言っていた。
一気に食べる。
恐怖で味がわからない。
男は笑みを浮かべ「アンケートに答えてくれませんか」と言う。
好きなスイーツを記入する欄があったので
「チーズケーキ」と素直に書くと
「メールアドレスも書いてくれませんか?」と畳み掛けてきた。
早く帰りたい一心で記入する。
その日は呆気なく、何事もなくバイバイをした。
3日後メールがきた。
「メリークリスマス!チーズケーキ作りすぎたので、家にきませんか?」
クリスマスの東京はイルミネーションでキラキラして、
いつもより浮かれている。