ダンスするキツネの末路について
キツネはこの頃夜中に目が覚める。
気がつくとブルーなことばかり考えてしまう。
もう昔のように高くジャンプできなくなった。
最近は狩りに出ても失敗ばかりだ。
ウサギの肉は何日も食べていない。
空腹のあまりニワトリ小屋を襲って、人間に追いかけられた。
鉄砲の弾が耳をかすって死ぬほど怖かった。
まだある。
俺は年をとった。
歯は痛いし、尻尾はぼろぼろだ。
毛皮のつやはなくなった。
それにひとりぼっちだ。
俺は何のために生きているのだろうか。
「考えるな」
とキツネは自分に言った。
体に巻いたしっぽにくるまって眼を閉じた。
早く夜が明けるといいと思った。
昔の俺は何も考えなかった。
森を歩き、獲物を探し、本能のままに狩りをした。
ウサギを見つけたら、そっと近づいてジャンプして、
真上から鋭い爪で掴まえた。
うまかったなあ、あのウサギの肉。
俺は他のどのキツネよりも高く跳躍することができた。
仕留めた後は興奮がおさまらず、月に向かって何度もジャンプした。
森の動物たちは俺を「ダンスするキツネ」と呼んで恐れた。
あの頃、俺は何も考えなかった。
ただ生きていた。
キツネは眠れなかった。
朝までずっと考えごとをしていた。
眼が真っ赤になっていた。
夜明け近くに巣を出た。
まだ薄暗い森の中をキツネは歩き始めた。
ウサギたちが噂した。
「あれがダンスするキツネ?」
「ずいぶんみすぼらしくなったね」
かまわずにキツネは歩き続けた。
森を出て、斜面を下った。
川に沿って歩いた。
そしてキツネは森に帰ってこなかった。
ウサギたちは噂した。
「あのキツネは生きていけないね」
「生きていけないね」
キツネは旅に出た。
森の外はよそよそしく、荒野は危険がいっぱいだった。
腹が減るとヘビやカエルを食べた。
食べられる木の実があることも知った。
いくつかの山を越え、いくつかの川を渡った。
キツネは死ぬなんて考えてなかった。
ただ生きていた。生きようとしていた。
今日のねぐらに決めた草原で、キツネは月を見上げた。
ジャンプはできないが、下を見ると地面に自分の影があった。
首を振ったら先っぽの欠けた耳が揺れた。
それがおもしろくてキツネは何度も体を揺らした。
見ていたウサギの子どもが「キツネがダンスしているよ」と言った。
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出演者情報:村上弘明 オスカープロモーション