オットセイがいる
ストーリー 佐藤充
出演 遠藤守哉
南アフリカのケープタウンに滞在しているときだった。
ここから車で30分くらいの場所に野生のオットセイがたくさんいる。
そう聞いたので同じ宿の人たち4人でレンタカーを走らせることにした。
スマホでオットセイを検索する。
よちよちと移動する姿が可愛らしい。
これから会えるのかと心をおどらせる。
車は海辺のほうへすすむ。
窓をあける。磯の香りがする。
それと嗅いだことのないにおいがしてすぐ窓を閉めた。
車を海の近くの岩場で停める。
ここから歩いて数分のところがオットセイのスポットらしいと
地図など見なくてもわかった。
なぜかと言うと、においだ。
さっきの嗅いだことのないにおいの正体はオットセイだった。
風に乗ってこちらまでくる。
においのほうまで歩く。
遠くから見てもわかるほど大量に黒い塊が岩場にいる。
だんだんにおいも強くなってくる。
そこには数千を超えるオットセイがいた。
この強烈なにおい。
数千のオットセイの糞や尿と腐らせた魚を濃縮したような、
とにかく例えようがない強烈な刺激。臭いを超えて痛いのだ。
鼻を超えて目を刺激してくる。
目の痛みに耐えていると今度は頭が痛くなってくる。
こんな経験は初めてだった。
内心はもう帰りたいと思っていたが、
わざわざレンタカーを借りてまで来ている。
同じ宿の人たちにも申し訳ないので、
もう少し見てまわることにした。
そこには親切にオットセイを至近距離で
観察できるように木でできた橋があり、
そこを渡りながら見ることができる。
おうおうおうおう。
数千を超えるオットセイの野太い鳴き声のなかを
歩いていくとなぜか橋の上に1匹のオットセイがいる。
距離は10メートルほど。
地元北海道ではクマに遭遇したら、
静かにゆっくりと背を向けずに後退りをし
逃げるようにと習った。
オットセイはどうしたらいいのだろうと
立ち往生しているときだった。
おうおうおうおう。
鳴きながらオットセイが追いかけてくる。
全力で背を向けて車のほうまで走って逃げる。
帰りの車内も4人しかいないはずなのに
オットセイを何頭か乗車させているのかと思うほどにおいがする。
宿に戻りすぐにシャワーを浴びる。
それでもオットセイのにおいは落ちなかった。
あまりに強烈すぎて脳が混乱しているのかもしれない。
そこで南アフリカ滞在中の毎晩の楽しみで
気を紛らわせることにした。
南アフリカはワインがうまい。
種類も豊富で安い。
毎日近所のスーパーへ行き、
気になるラベルのボトルを数本買って
宿のキッチンで肉を焼いて
いっしょに楽しむのが日課になっていた。
ワインでオットセイを忘れよう。
そう思ってグラスにワインを注ぎ、
ワイングラスをまわす。
ブドウの芳醇な香りを楽しもうと目を閉じて鼻を近づける。
おうおうおうおう。
ワイングラスのなかで昼間のオットセイが鳴いていた。
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出演者情報:遠藤守哉